いや、当然モノはしゃべらない。
でもモノからはメッセージが発せられているらしい。この考え方は面白い。
テレビからは「あのー、少しホコリが溜まっているので、お時間ある時で結構ですので、すこーし指でいいのでホコリを取っていただけませんか?」
机の上に積んでいる本からは、「そろそろ、読んでくれてもいいんじゃないですか?積ん読している自分に酔っていませんか?」
ぎゅうぎゅうに詰め込まれたペン立てからは、「ちょっと詰め込み過ぎじゃないですか?苦しいんですけど・・・少し減らしてもらえませんか?」など、日々僕たちはモノからのメッセージを受け取っている。
人間には「注意容量」があるらしい。スマホのギガのようなものだ。「注意容量」は有限で、視界にモノが溢れていると、そのモノ達に「注意容量」を少しずつ奪われていく。
あたかもスマホのバックグラウンドでいくつものアプリが立ち上がってメモリーを消費しているように、実際に使っていないモノでも、僕たちの集中力を削いでいる。
だからモノをなくすと集中力が上がる。この話を聞いて僕は腹に落ちた。机の周りに何もモノがない状態。ミニマリストの部屋ではそういった状態になっているが、それは見た目が美しいから、とかそういう演出なのではなく、実際に集中力があがり、眼の前の事に集中しやすいという実際的な効果の為だったのだ。
どこかで「カッコつけやがって」という思いや、「手の届く所に色々なものがある方がいつでも必要な時に使いやすい」というコックピット的な考え方もあるが、今は机の上にモノがない状態を作ってみたい。そしてそれが実際にどのような効果を生むかを試してみたい。